横田教会について

Yokota Church is an international Assemblies of God church serving the U.S. military, international, and Japanese communities in western Tokyo.

お問い合わせ先

1437 Kumagawa, Fussa-shi, Tokyo 197-0003, Japan

042-551-4772

私たちの信じること

横田教会の信条は、以下に記述するアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の「16の基本的真理」と呼ばれる教義に共通します。ご不明な点があれば、ダン牧師までお気軽にお尋ねください。

1. 聖書の霊感

聖書(旧約聖書および新約聖書)は、神の霊感によって記されたものです。聖書は神が人類 にご自身を現された啓示であり、信仰と生活のための誤りのない、権威ある基準です。
  • II テモテ 3:5-17
  • I テサロニケ 2:13
  • II ペテロ 1:21

2. 唯一のまことの神

唯一の真の神は、天地の創造主、人類の救済者であり、永遠に自存する「わたしはある」という者であるとご自身を明らかにされました。 さらに、父、子、聖霊という関係や結びつきの原理を体現する存在として、ご自身を明らかにされました。
  • 申命記 6:4、イザヤ 43:10-11、マタイ 28:19、ルカ 3:22

崇むべき神

a. 用語の定義
神に関する「三位一体」と「位格」という用語は聖書の中には出てきませんが、聖書と調和する言葉です。それによって神についてのキリスト論に関する、私たちの直接的理解を「多くの神、多くの主」と区別して他の人たちに伝えることができます。それゆえわたしたちは、唯一の主は、わたしたちの神なる主、すなわち三位一体、あるいは三位格を持つ一存在であり、これは適切で、しかも完全に聖書的である、ということができます
  • マタイ 28:19
  • II コリント 13:14
  • ヨハネ 14:16-17
b. 神格の区別と関係
キリストは神性における位格の区別を教えられ、父、子、聖霊という関係を示す特別な用語をもって表現されました。しかしこの関係と区別の様式については、説明されていないので、不可思議であり、理解することができません。
  • ルカ 1:35
  • I コリント 1:24
  • マタイ 11:25-27
  • マタイ 28:19
  • II コリント 13:14
  • I ヨハネ 1:3-4
c. 父、子、聖霊なる一存在の一体性
したがって、そのゆえに、子のうちには彼をして父ではなく子とするものが存在し、聖霊のうちには父でもなく、子でもなく、聖霊とするものが存在しています。それゆえに父は生み給う方、子は生まれた方であり、聖霊は父と子から生じる方です。それゆえ神性におけるこれら三位格は統一された状態にあるゆえに、一人の全能の主なる神のみがおられ、その名は一つなのです。
  • ヨハネ 1:18
  • ヨハネ 15:26
  • ヨハネ 17:11
  • ヨハネ 17:21
  • ゼカリヤ 14:9
d. 神格における同一性と協力関係
父と子と聖霊は決して同一ではありません。またその関係は混同されてはなりません。また神性において分離されてはなりません。また協力では対立するものではありません。その関係において子は父におり、父は子におられます。交わりにおいては子は父と共におり、父は子と共におられます。権威については父は子から出たものではなく、子が父から出たものです。聖霊はその性質、関係、協力、権威について父と子から生じています。それゆえ神格におけるどの位格も他の位格から分離、独立して存在し、働くことはありません。
  • ヨハネ 5:17-30
  • ヨハネ 5:32
  • ヨハネ 5:37
  • ヨハネ 8:17-18
e. 主イエス・キリストという称号
「主イエス・キリスト」という名称は固有の名称です。この名称は新約聖書中では父にも聖霊にも決して用いられていません。したがって、神の子にのみ限定して用いられるものです。
  • ローマ1:1-3
  • ローマ1:7
  • II ヨハネ 3
f. 神われらと共にいます、主イエス・キリスト
主イエス・キリストは、その神性と永遠性においては、まさしく父なる神のひとり子です。しかし、人性においては、まさしく人の子です。したがって、彼は神であり、人であると認められます。彼は神であり人であるゆえに、神われらと共にいます、「インマヌエル」なのです。
  • マタイ 1:23
  • I ヨハネ 4:2
  • I ヨハネ 4:10
  • I ヨハネ 4:14
  • 黙示録 1:13
  • 黙示録 1:17
g. 「神の御子」という称号
「インマヌエル」という名称は、わたしたちの主イエス・キリストなる一つの人格の中に、神と人を包含するものであるから「神の御子」という称号は、彼固有の神性を示すものであり、「人の子」という称号は、彼固有の人性を示すものであるといえます。それゆえに神の御子という称号は、永遠の秩序に属し、人の子という称号は、時間の秩序に属します。
  • マタイ1:21-23
  • II ヨハネ 3
  • I ヨハネ 3:8
  • ヘブル 7:3
  • ヘブル 1:1-13
h. キリスト論への背反
それゆえ、イエス・キリストが「神の御子」という称号を得られたのは、単に受肉の事実によるとか、あるいは贖いの計画にかかわったからであるとするのは、キリスト論への背反です。したがって、父がまことの永遠の父であること、子がまことの永遠の子であることを否定することは、神格における区別と関係の否定です。すなわち、それは父と子を否定するものであり、イエス・キリストが肉をもって来られたという真理の否定です。
  • II ヨハネ 9
  • ヨハネ 1:1
  • ヨハネ 1:2
  • ヨハネ 1:14
  • ヨハネ 1:18
  • ヨハネ 1:29
  • ヨハネ 1:49
  • I ヨハネ 2:22-23
  • I ヨハネ 4:1-5
  • ヘブル 12:2
i. イエス・キリストの主としての高挙
神の御子、わたしたちの主イエス・キリストは、罪のきよめのわざをなし終えてから、いと高き所にいます大能者の右に、座につかれました。天使たちともろもろの支配と権威は彼に従っています。そして主またキリストとして立てられた彼は聖霊を送られました。それはわたしたちが終末の日まで、イエスの名によって、ひざをかがめて、イエス・キリストは主であると告白して、栄光を父なる神に帰するためです。その終末の日には子が父に従い、神がすべてにおいてすべてとなられるのです。
  • ヘブル 1:3
  • I ペテロ 3:22
  • 使徒 2:32-36
  • ローマ 14:11
  • I コリント 15:24-28
j. 父と子への同等の栄誉
それゆえ、父は子にすべてのさばきをゆだねられておられるので、天上のもの、地上のものすべてにとって、ひざをかがめることは明白な務めであるばかりでなく、神につくすべての属性を御子に帰し、神のすべての名前と称号《関係を示すものを除く。(2)(3)(4)参照》に含まれるすべてのほまれと栄光をささげることは、御霊による、言葉につくせない喜びです。かくしてわたしたちは父を尊ぶのと全く等しく御子を尊ぶのです。
  • ヨハネ 5:22-23
  • I ペテロ 1:8
  • 黙示録 5:6-14
  • ピリピ 2:8-9
  • ヨハネ黙示録7:9-10
  • 黙示録 4:8-11

3. 主イエス・キリストの神性

主イエス・キリストは、永遠の神の子である。 聖書はこう宣言しています。
イエスの処女降誕
  • マタイ 1:23
  • ルカ 1:31
  • ルカ 1:35
イエスの罪なき生涯
  • ヘブル 7:26
  • I ペテロ 2:22
イエスの奇跡
  • 使徒 2:22
  • 使徒 10:38
イエスの十字架における身代わりの働き
  • I コリント 15:3
  • II コリント 5:21
イエスの肉体的を持っての死者からの復活
  • マタイ 28:6
  • ルカ 24:39
  • I コリント 15:4
イエスの神の右の座への高挙
  • 使徒 1:9、使徒 1:11、使徒 2:33、ピリピ 2:9-11、ヘブル1:3

4. 人間の堕落

人間は善にして、正しく創造されました。神は、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造ろう」と言われました。しかし、人間は自ら罪を犯し、堕落しました。それによって肉体の死ばかりか、霊的な死をも招kきました。これは神からの分離です。
  • 創世記 1:26-27、創世記 2:17、創世記 3:6、ローマ5:12-19

5. 人間の救い

人間のあがないの唯一の希望は、神の御子、イエス・キリストの流された血によるものです。
救いの条件ー
救いは神に対する悔い改めと、主イエス・キリストに対する信仰によって受けられます。人は恵みにより信仰によって義とされ、再生の洗いを受け、聖霊により新たにされて、永遠のいのちを望むことによって、御国をつぐ者となります。
  • ルカ 24:47、ヨハネ 3:3、ローマ 10:13-15、エペソ 2:8、テトス 2:11、テトス3:5-7
救いの証明ー
救いの内的証明は、御霊の直接的あかしです。す
  • ローマ 8:16
すべての人に対する外的証明は、義とまことの聖をそなえた生活です。
  • エペソ 4:24、テトス 2:12

6. 教会の礼典

水のバプテスマ

浸礼によるバプテスマは、聖書において命じられています。悔い改めて、キリストを救い主また主と信ずる者はみな、バプテスマを受けるべきです。こうして、バプテスマを受けた者は、キリストと共に死に、またキリストと共によみがえらされて、新しいいのちに生きることを世に向かって宣言するのです。
  • マタイ 28:19、マルコ 16:16、使徒10:47-48、ローマ 6:4
聖餐
パンとぶどうの実を要素とする主の聖餐は、わたしたちが主イエス・キリストにある神の性質にあずかることを示す象徴であり(II ペテロ 1:4)、彼の苦難と死の記念、再臨の預言(I コリント 11:26)であり、すべての信者に「主がこられる時に至るまで」行なうように命じられているものです。

7. 聖霊のバプテスマ

信者はみな、主イエス・キリストの命令にもとづいて父の約束である聖霊と火のバプテスマを受ける資格があり、熱心に期待し、真剣に求めるべきです。これは初代キリスト教会においては全員の通常的経験でした。それに伴って生活と奉仕に対する力と、賜物及び伝道奉仕の働きにおける賜物の活用が与えられるのです。
  • ルカ 24:49
  • 使徒 1:4
  • 使徒 1:8
  • I コリント 12:1-31
この経験は、新生経験とは別個のものであり、その後に来るものです。
  • 使徒 8:12-17、使徒 10:44-46、使徒 11:14-16、使徒 15:7-9
聖霊のバプテスマには、以下のような経験を伴います。
  • 御霊のあふれ出るような充満(ヨハネ 7:37-39、使徒 4:8)
  • 神に対する敬虔の深まり(使徒 2:43、ヘブル 12:28)
  • 神への献身とその働きに対する献身の強化(使徒 2:42)
  • キリストとそのみことば、及び失われた者に対するより実際的な愛(マルコ16:20)

8. 聖霊のバプテスマの証拠

信者が受ける聖霊のバプテスマは、神の御霊が語らせるままに異言を語るという、肉体的な最初のしるしによって証明されます。
  • 使徒 2:4
この場合において異言を語ることは、異言の賜物本質的に同じですが、その目的と用法において異なっています。
  • I コリント 12:4-10、I コリント 12:28

9. 聖化

聖化とは邪悪なものから離れ、神に献身する行為です。
  • ローマ 12:1-2、I テサロニケ 5:23、ヘブル 13:12
聖書は「きよくならなければだれも主を見ることはできない」といってきよい生活を教えています。
  • ヘブル 12:14
わたしたちは聖霊の力によって「わたしが聖なる者であるから、あなたがたも聖なる者になるべきである」というご命令に従うことができます。
  • I ペテロ 1:15, 16
聖化はキリストの死と復活において彼と一つであることを認めることにより、その一体性の事実を日々信仰によって確認することにより、また全機能をたえず聖霊の支配にゆだねることによって、信者の中に実現します。
  • ローマ 6:1-11、ローマ 6:13、ローマ 8:1-2、ローマ 8:13、ガラテヤ 2:20、ピリピ 2:12〜13、I ペテロ 1:5

10. 教会とその使命

教会はキリストのからだであって、霊なる神のすまいであり、その大使命を果たすように神の任命を受けているものです。聖霊によって生まれ変わった信徒は、御子のかたちに全うされた聖徒たちのからだを建てあげるという神の目的を達成する重要な管です。
  • エペソ 1:22,23、エペソ 2:22、ヘブル12:23

11. 奉仕の務め

神によって召され、聖書に基づいて任命された奉仕の務めが、教会を指導する次の三つの目的のために主によって備えられています。
世界宣教
  • マルコ 16:15-20
神への礼拝
  • ヨハネ 4:23-24
御子のかたちに全うされた聖徒たちのからだを建てあげること
  • エペソ 4:11-16
愛と慈悲をもって人のニーズに応える奉仕
  • 詩篇 112:9、ガラテヤ 2:10、ガラテヤ 6:10、・ヤコブ 1:27

12. 神による癒やし

神による癒やしは福音の欠くことのできない部分です。病いからの解放は、あがないの中に備えられているものであり、すべての信者のもつ特権です。
  • イザヤ 53:4-5、マタイ 8:16-17、ヤコブ 5:14-16

13. 祝福に満ちた望み

キリストにあって眠った者たちの復活と、彼らが主の来臨まで生き残っている者たちとともに天に移されることは、教会の、さし迫った、そして祝福に満ちた望みです。
  • I テサロニケ 4:16-17
  • ローマ 8:23
  • テトス 2:13
  • I コリント 15:51-52

14. キリストの千年期統治

キリストの再臨には、わたしたちの祝福に満ちた望みである聖徒たちの携挙が含まれており、その後キリストは、千年の間地上で治めるために、聖徒たちと共に目に見えるかたちで帰ってこられます。
  • ゼカリヤ14:5、マタイ24:27,30、黙示録1:7、19:11-14、20:1-6
この千年統治は民族としてのイスラエルの救いと
  • エゼキエル37:21,22、ゼパニヤ3:19,20、ローマ11:26,27
世界平和の確立をもたらします。
  • イザヤ 11:6-9、詩篇 72:3-8、ミカ 4:3,4

15. 最後の審判

死んだ悪人がよみがえらされ、そのしわざに応じてさばかれるところの最後のさばきがあります。いのちの書に名がしるされていない者はみな、悪魔とその使いたち、獣とにせ預言者と共に、火と硫黄の燃える池の永遠の刑罰に入れられます。これが第二の死です。
  • マタイ 25:46、マルコ 9:43-48、黙示録 19:20、20:11-15、21:8

16. 新天新地

「わたしたちは、神の約束に従って、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる」
  • II ペテロ 3:13、黙示録 21章、22章